突然舞い込む死の衝動/季節の変わり目の鬱症状

季節の変わり目になると鬱になる。

鬱の症状が年々ネットで調べると変わっているので、もはや鬱という病名で良いのかさえも分からない。

この症状になると、何も出来なくなる。

この症状になる前兆は、いつも少しずつ確かに現れていたのだけれども、私はいつものホルモンバランスの崩れによる情緒不安定の一種で自分を甘やかして放置をした。

放置をすると、症状はあっという間に辛い感情が雪だるま式に膨れ上がり悪化をする。

気力はいつもの1/10しか残っておらず、無理して何かをすることが出来なくなってしまう。

仕事に行きたくても行けないのだ。
ベッドから起き上がることも、身体を起こすことさえ困難になる。

ご飯も喉を通らず、飲み物も口にせず、辛うじて厠にだけ行けたら幸い。

身体は衰弱していき、心は死んだように静かになる。

大好きなアニメや漫画やゲームもこうなると、もちろん見れないし読むことやすることも出来なくなる。

「痩せていて良いね」そう人々から言われる理由の1つはこの症状にある。

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今更だが、少し悪化しかけていた時に、そっとしておいて欲しいと思う。

一人暮らしの数年をそうやって、こういう自分と接して来たのだから、無闇に刺激を与えるのは控えて欲しい。

法律上ダメだと理解しつつも、こうなった時の私はもはや善悪の区別もつかなくなるので、衝動的に人さえも殺めてしまいかねない。
今まで殺めてこなかったのは、相手以上に自分を殺したいと思うことの方が多いからだろう。

人はみんな自分が1番可愛いらしい。
そして、自分が1番正しいと思っているらしい。

私もそうだとするならば、なんて愚かで恥ずべき人間なんだろうと思う。

人とぶつかり、揉める。
その後に思う感情は死にたいという思いだけだ。人に迷惑をかける自分など、この世に存在するに値しない。私はそう思う。

結婚してから、頻繁に今の自分が現れるようになった。

仕事も休みがちになっている、今の職場を気に入っていたことから余計に頑張れない自分が情けない。
休みがちになると出社するのも行きづらくなるし、何より全ての場所に私の代わりなどいくらでもいるのだから、こんなに頻繁に休まれたら、辞めてもらいたいと思われるのも時間の問題だろう。

私は私でしかないから、私の代わりなどいないと思いたいけれども、世の中は誰がいなくなっても困るようには出来ていない気がする。
人間は時間とともに慣れる生き物だから・・・殆どの人は誰がいなくなっても、時間とともに慣れるのだ。
慣れない繊細な人間は世の中では生きていけないから。。

自分の存在。
考えても無意味なのに、鬱症状になると不安で考えてしまう。

私はこの世に少しでも役に立てているのだろうか?誰かに少しでも必要とされたい、どこか心の底でまたその気持ちが芽生え始めているような気がする。。

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