映画『君の膵臓をたべたい』を観た感想と漫画との比較 ※ネタバレ含む

あらすじ

「君の膵臓をたべたい」…主人公である「僕」が病院で偶然拾った1冊の「共病文庫」というタイトルの文庫本。それは「僕」のクラスメイトである山内桜良 (やまうち さくら) が綴っていた、秘密の日記帳であり、彼女の余命が膵臓の病気により、もう長くはないことが記されていた。「僕」はその本の中身を興味本位で覗いたことにより、身内以外で唯一桜良の病気を知る人物となる。

「山内桜良の死ぬ前にやりたいこと」に付き合うことにより、「僕」、桜良という正反対の性格の2人が、互いに自分の欠けている部分を持っているそれぞれに憧れを持ち、次第に心を通わせていきながら成長していく。そして「僕」は「人を認める人間に、人を愛する人間になること」を決意。桜良は、恋人や友人を必要としない僕が、初めて関わり合いを持ちたい人に選んでくれたことにより「初めて私自身として必要とされている、初めて私が、たった一人の私であると思えた」と感じていく(wikiより)

「君の膵臓をたべたい」を観た上での漫画との比較や感想

映画では小栗旬さんが高校の学校の先生になっていて、過去を振り返るという流れでお話は進む。

盲腸の手術のあとの事後経過の診察で病院に行った主人公が、待合室の椅子で「共病文庫」というタイトルのノートを見つける。

中には膵臓の病気についてなどが書かれている。

すると、そのノートをクラスの人気者の女の子が「それは自分のだ」と主人公に言うところから2人だけの秘密の関係(女の子の病気をクラスで知るのは主人公ただ1人)が始まる。

膵臓病の病気であと一年しか生きられない女の子は、死ぬまでにやりたいことを主人公の男の子に一緒にしてもらおうと協力を仰ぐ。

有名な作品でタイトルだけ見聞きしていたこともあり、映画を見る前になんとなくで漫画を読んだ作品だったのだが、とにかくこの病気の女の子が主人公に対しての接し方にイライラしてしまった。

何故上から目線のような口調?
何故そんなに自分勝手?

主人公が気の毒にさえ思うレベルで女の子は好き勝手に「私は病気で死ぬから」と笑いながら言いながら主人公を振り回す。

この何かと笑いながら病気のことを会話に入れるのも不快に思ってしまった。

女の子の親友に対しての接し方も、主人公との関係を濁して、親友が嫉妬をしたりすることも分かっていながら濁すような説明をして不安を煽ったり…。

病気のことを知ったら親友が悲しむからとか言いつつも、なんかちょっと違うのではないかなと思う言動を繰り返す。

それにより親友から主人公へのイジメが始まったり、そうなることは予測できてたハズなのに。。

ところどころ良い台詞が飛び交うのだが、それを上回ってとにかく女の子の言動がウザい。

良い台詞さえも、悟ったような台詞さえもを打ち消す思慮の浅い言動にしか思えないというか。

言っていることは正しいし良い言葉なのだが、「全ての出来事は偶然でも運命でもなく必然」とか…言葉に重みがないのは若さ故なのかと、うーんって何度も思ってしまうほどに言葉は軽く感じてしまう。


※ネットより拝借

主人公が女の子に病室で「君にとって生きるってどういうこと?」って質問をするシーンで、2人の距離が縮まっている感じは伝わり、過ごした時間が無駄ではなかったのだなって、意味はあったのだなとは思う。

女の子が退院したら桜を見に行こうと約束をする。

前半は本当に何故この作品が人気なのか、感動するのかとか、よくある残りわずかな命のお話なのでは…と思うのだが、とりあえず人気作なので最後まで読んでから感想は抱こうと思い読みすすめる。

後半で女の子は通り魔に刺されて膵臓の病気ではなく、殺されて死んでしまう。

殺される直前に男の子は女の子にメールを打つ。

女の子にどれだけ憧れていたのかなど、気持ちを伝えようとするがどれもしっくりこなくて、最終的に主人公は女の子に

「君の膵臓を食べたい」

と送る。

そのまま女の子からの返事は途絶えてしまう。

そのメールを読んでいる途中で女の子は通り魔に刺されて殺されて死んでしまう。

男の子は女の子の葬儀に参列しないのだが、気持ちが落ち着いた頃に女の子の家にお線香をあげに伺うのだが、その時に女の子の母親に病気のことを知っていたことと、「共病文庫」を見せてもらえないかと頼む。

母親は女の子から死んだら「共病文庫」を彼に渡して欲しいと頼んでいたそうで、お葬式には来ないかもしれなくても必ず受け取りに来ると伝えていたそうだ。

「共病文庫」に彼の名前は彼が載せないで欲しいと言ったから塗り潰してて母親は誰か分からないままでいたのだ。

主人公は女の子が書いた「共病文庫」を読むと、女の子がずっと男の子のことを気にしていたこと、気を引くために色々していたこと、死ぬのが怖かったことなどが沢山書かれていた。

表面では常に明るく笑顔でいながら、「共病文庫」の中の彼女は沢山泣いて悩んで生きたいと何度も願い、彼や親友と一緒にいられる今を幸せだと思う。

男の子は母親の前で読んだ後に、泣き出す。

自分には泣く権利がないと理解つつ、母親に謝りながら…。

この後、映画では小栗旬さんが図書館で宝探しと言って図書カードに女の子が落書きしたのを見つけて、その図書カードの本を探すと「星の王子様」の本に自分と親友宛への手紙が入っているのを見つける。

親友である北川景子さん演じる恭子さんは、主人公の男の子が高校生の時に何度か主人公に話しかけてくれていた男の子と結婚するらしい(漫画でも映画でも「ガム食べる?」といって登場する)。

結婚式の案内に返事を出さなかったので場違いだということを謝罪した上で、結婚式当日に主人公は恭子さん宛の手紙を持って式場に行く。

漫画では「共病文庫」の最後に遺書として書かれていた。

母親が書いてある内容を読み終わった主人公に、最後のぺージに書いてある遺書の存在を主人公に伝えるのだ。

遺書の内容は、親友がどれほど好きだったか、どれほど好きだったからこそ言えなかったのか。

病気のことを言えなかったお詫びと、主人公と仲良くしてほしい旨が書かれていた。

映画では北川景子さんである恭子さんに小栗旬が「僕と友だちになってくれませんか」というと泣きながら即答で「はい」というのだが、原作では友だちになるまで何年もかかったようだった。

遺書には親友の恭子さん宛と、主人公宛の二つが書いてあった。

主人公宛の遺書には、何故名前が分かっていたのに呼んでくれなかったのか?とか、自分がいかに主人公に憧れていたかが書いてあった。

主人公と女の子は全く客観的には真逆に見えたのに、実は2人ともお互いを同じように感じて思っていたのだ。

女の子には主人公の良さや内面が分かっていたから、周囲ともっと関わってほしくて前半でウザい言動を繰り返していたことも分かる。

浅はかな言動でもなく、主人公を無意味に振り回すだけでもなかったのだ。

女の子も沢山の男の子への気持ちを遺書に綴るが、どの言葉もしっくりこなかったようで主人公は嫌がるかもしれないが、自分は

「君の膵臓を食べたい」

と主人公が女の子に送った内容と同様の内容が書かれている。

映画では、手紙に遺書が書かれており、主人公である小栗旬さんがタイトルの文を読んで作品は終わるのだが、漫画では主人公が恭子さんに断られながらも、女の子の希望である友だちになって欲しいという願いを叶えるために一生懸命仲良くなろうと努力するのが描かれている。

最終的には二人でお墓参りに行って、もしかしたらこの二人は付き合うのかな!?と思わせるような雰囲気で作品は終わる。

個人的には映画を観た感想は、良さが今いち伝わらかなかったかな?という印象。

原作は読んでいないが、漫画の方が思わず何か心に「うっ」とくるものがあった。

描写がやはり漫画の方が丁寧に描かれていたのだろうか?多分原作の方がもっと良いのだろうなとは思った。

残りわずかな命の中で何を思うか~というよりは、あらすじの通りに真逆の2人が関わり合って良い意味で刺激をし合って変わっていくのが良いなとは思った。

友だちにしても、恋人にしても、お互いが成長し合える関係こそが個人的には理想だと思う。

前半は本当に女の子にイライラしてストレスを感じる作品なのに、後半になるとそのイライラした言動さえも良かったと思える作りがとても良いなと思った作品でもあった。

女の子が語る言葉は良い言葉が沢山あるのだが、自己啓発本や様々な本を読む人にはどの言葉も馴染みがあり、一生懸命に毎日いつ死んでも良いと思う意識で生きている人だったり、過去に辛い経験をして今を生きる人には当たり前の言葉だったりするのだが、学生や、本を読まない人たちには真新しい言葉でもしかしたら沢山響く内容があるのかもしれないとも思う(それが評価をされた理由の一つだと感じるから)

時間や機会があったら是非映画ではなく原作か漫画を読んでみて欲しいと思った。

アニメでも映画化が決まっているそうなので、そちらは原作通りに作成していることを少しだけ祈りたい。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする